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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和24年(つ)343号 判決

被告人

御手洗計孝

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人木村一八郞の控訴趣意第一点について。

(イ)  被告人は終始沈默し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができるが、任意に供述する場合には、裁判長は、何時でも必要とする事項につき、被告人の供述を求めることができる、刑事訴訟法第三一一条の規定は起訴状の朗読が終つて後、裁判長から被告人に対し、默秘権を告げなければならないという、同法第二九一条の規定と照應するものである。しかし、被告人の供述を求めることは、証拠調ではないと解すべきであるから檢察官の冒頭陳述、証拠調の範囲、順序及び方法の決定とは関係なく、また、被告人の供述が自白であつても、それは、同法第三〇一条の制限を受けないので、犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後である必要はない。それで、被告人の供述を求めるのは、同法第二九一条の手続後であれば、公判手続の如何なる段階であつても差支ないのである。今、本件につき、記録を調べてみると、原審は同法第二九一条所定の手続を履践した後、被告人の供述を求めていることは明らかであるから、前説示したところにより、原審の訴訟手続には何等の違法も存在しない。論旨は、独自の見解のもとに原審訴訟手続を非難するもので、採ることを得ない。

同第二点について。

(ロ)  裁判の対審の公開及び公開停止に関し、憲法及び裁判所法にそれぞれ所論のような規定があることは多言を要しないし、なお、刑事訴訟規則第四四条第四号によれば、公開をしたこと又は公開を禁じたこと及びその理由は、公判調書に記載することを要求しているので右各規定に違背してなされた訴訟手続の違法であることは勿論である。今本件記録を調べてみると、原審第二回公判調書には、証人尋問に際し、公開を停止した旨の記載はあるが、その理由を言い渡した旨の記載のないこと、まことに所論のとおりであるから、その訴訟手続の違法であることは、前説示するところにより、明らかなところである。しかし、本件においては、その事案の性質上善良の風俗を害する虞れがあるとの理由のもとに、公開停止のなされたことは、自ら諒知し得べきところであるばかりでなく、前叙のように公開停止の旨の言い渡しのなされたことは明白であるから、ただ、單に理由の言い渡しがなかつたことをもつて、所論のように、直ちに、審判の公開に関する規定に違反したものとして原判決を破棄すべき要をみない。論旨は採ることを得ない。

(弁護人木村一八郞控訴趣意第一点)

一、原審第一回公判期日に於て昭和二十四年六月十四日檢察官が起訴状を朗読し、次に裁判官は「被告人に対し刑事訴訟法第二百九十一条第二項及び刑事訴訟規則第百九十七条第一項の事項を告げた上、被告人及び弁護人に対し被告事件に付陳述することがあるかどうか」を尋ね之に対し被告人は「事実は相違ないが自分としては脅迫する意思での行爲ではなく自分と共に自決出來るや否やを確める爲斯樣な行爲に出たものである」と陣述した。弁護人は別に陣述することはないと述べた。

以上の手続が終つて後、証拠調に入るべきであり、而して証拠調の初めに檢察官は証拠により証明すべき事実を明らかにしなければならない。(刑事訴訟法第二百九十一条、同法第二百九十二条同法第二百九十六条)然るに原審裁判官に証拠調に入るに先立ち被告人に対し任意に供述する意思のあることを確めた上犯罪事実の内容に付尋問を開始し、被告人をして祥細なる供述を爲さしめてゐる。

――而も、被告人は犯罪事実を自白して居る……

即ち、原審裁判官は、(1)内田美津子と被告人が戀愛関係にあつたか。(2)内田が冷淡になつて來たか。(3)五月七日午後六時三十分頃内田を下堅田の小学校に誘い出したときに被告人は匕首、ダイナマイトを所持して居たか。

(4)其の時内田に対し今晩遊びに行くからと言つたか。

(5)内田は如何なる返事をしたか。(6)五月一四日頃、自宅で内田に対する血判した脅迫状を認め之を同人に送付したとの事も間違ないか等犯罪事実の内容に付詳細に尋問し、被告人は之に対し詳細に供述して居る。然る後裁判官は証拠調に入る旨を告げ檢察官事務取扱は証拠により証すべき事実(起訴状記載の事実)を明らかにして居る。

二、起訴状のみでは事件の爭点が判らない場合に於ては、爭点を整理し之を明確にする爲、証拠調に入る前に被判官が其の限度に於て被告人に任意の供述を求めることは必ずしも違法ではないであらう。乍然それは飽く迄も「爭点を整理し、之を明確にする。」程度に止めねばならないのであつて本件に於けるが如く犯罪事実の内容全般に亘り祥細な尋問をすることは許されぬと解すべきである。前記の裁判官の尋問と被告人の答とを公判調書に基いて祥細に探討すれば旧刑事訴訟法の下に於てはそれ丈で審理は盡されて既に判決を言渡し得る段階に迄達して居ると言つても過言ではないと思う。刑事訴訟法第二百九十六條第二項は「檢察官は証拠とすることが出來ず又は証拠として其の取調を請求する意思のない資料に基いて裁判官に事件に付偏見又は予断を生ぜしめる虞ある事項を述べることは出來ない」と規定して居る。從つて裁判官が証拠調に入るに先立ち自ら事件に付偏見又は予断を生ぜしめる虞のある樣な事項に付被告人の供述を求めて供述させることが刑事訴訟法の精神に反するものであることは多言を要しないところと思う。殊に被告人の任意の供述は証拠になるのであるから被告人に任意の供述を求めることは人的証拠に対する証拠調であると解すべきは明らかである(小野淸一郞著「新刑事訴訟法概論」一七〇頁団藤重光「新刑事訴訟法網要」二六八頁参照)然るに刑事訴訟法第二百九十六条は証拠調の初めに於て檢察官は証拠により証明すべき事実を明らかにしなければならない旨規定して居るが故に原審の公判手続に於て裁判官は檢察官の此の手続を俟たずして被告人即ち、人的証拠に対する証拠調べをしたことになるので明らかに訴訟手続に付法令の違反があつたと謂はねばならぬ而して、其の違反は裁判官をして事件に付偏見又は予断を生ぜしめたと謂うべくそれが判決に影響を及ぼすべきことは明らかであるから原判決は破毀さるべきである。

同第二点。

一、原判決は審判の公開に関する規定に違反して爲された審理に基くものであるから到底破毀を免れない。蓋し

(1)憲法第八二条は「裁判の対審及び判決は公開法廷で之を行ふ。裁判所が裁判官の全員一致で公の秩序又は善良の風俗を害する虞れがあると決した場合には対審は公開しないで之を行ふことが出來る(但し書省略す)と規定し、

(2)裁判所第七〇条は「裁判所は日本国憲法第八十二条第二項の規定により対審を公開しないで行うには公衆を退廷させる前に其の旨を理由と共に言渡さなければならない」と規定して居る。

二、原審第二回公判調書(期日昭和二十四年六月二十一日)によれば裁判官は「前回に引続き審理する旨告げ檢察官事務取扱並に弁護人に対し、前回決定爲したる証拠調の方法に付意見を求めたるに」檢察官事務取扱並に弁護人は「孰れも裁判所に一任すると述べたる後、檢察官事務取扱は証人内田は傍聽禁止の上尋問され度しと申出た。」弁護人は「右に異議なし」と述べた。裁判官は「証人内田は傍聽禁止の上交互尋問を爲す旨告げ傍聽人を退廷させ証人内田に対し左の通り尋問した…………以下省略」と記載されて居る。

即ち原審裁判官は対審を公開しないで行うに付公衆を退廷させる前に如何なる理由の下に公開を停止するか即ち、憲法第八二条第二項に所謂公の秩序又は善良の風俗を害する虞あるを理由とするのか、且又、同条同項但し書に該当しないのであるか、其他の理由があるのか。其の理由を対審に付公開停止する旨と共に言渡して居ない。之は明らかに刑事訴訟法第三百七十七条第三号の「審判の公開に関する現定に違反したこと」に該当するが故に其れ自体控訴の理由となるべく原判決は破毀を免れ得ないことは明らかである。

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